「ちょっと! どうして私とジョンの部屋が繋がっているのよ!? それにメイドの姿に扮しなくていいの!?」部屋の壁に取り付けてある扉から私の部屋に侵入してきたジョンに抗議した。ま、まさか私に夜這いを!?するとジョンが白けた目で私を見た。「ユリアお嬢様……ひょっとして私が貴女の部屋に夜這いに来たとでも思っていませんか?」「え、ええ。そうよ……。な、何よ。もしおかしな真似をしようものなら……」「はぁ~…」すると大袈裟な位、ジョンがため息をつく。「勘弁して下さい。私にだって選ぶ権利はあるのですから」「何よ……その選ぶ権利というのは」「つまり、何があってもユリアお嬢様だけは夜這い対象にはなり得ないと言うことです。第一頼まれたとしてもお断りですよ」ジョンは小声で言ったのだろうが、生憎私の耳にはばっちり彼の言葉がきこえていた。……少しだけ女としての自分を馬鹿にされたような気になってくる。「それなら、一体どういうつもりで私の隣の部屋に貴方がいるの? それに何故ノックも無しに勝手も私の部屋に入って来るのよ?」「簡単なことです。今日でユリアお嬢様が命を狙われている事がはっきりしたので、何かあった時にすぐに駆けつけられるように公爵様にお願いして、ユリアお嬢様の隣のお部屋で暮らすことにしたからです。ノックをしないのは単にそのような習慣が私に無かったからです。しかし、確かに仮にユリアお嬢様の着替えの場に入ってしまった場合は余計な物を見させられてしまう可能性があるので今後はノックをすることに致します」ジョンの言葉に苛立ちを感じる私。「ええ、そうね。お互い嫌な思いをしなくてすむように、今後はノックをしてちょうだいね?」「ええ。全くその通りです。それでユリアお嬢様のお部屋に伺ったのは明日のことについて大切なお話があったからです」「大切な話……?」「はい、そうです。明日から私とユリアお嬢様は一緒に登校することになりますが、私達は遠縁の親戚という設定でいきますので、屋敷内と学校内では口調を変えることをご了承願います」「何? 大切な話ってそんなことだったの? 別に全然こちらは構わないわよ。ところで、学校へ行くと言う話だけどジョンも私と同じ18歳だったの?」「いえ、26歳ですけど?」「え? 26歳……?」「はい、そうです」「え……ええ~っ!? あ、貴方……26歳
気付けば水面が目の前に迫っていた。そして次の瞬間――ドボーンッ!!激しい水音と共に私は冷たい水の中にいた。(く、苦しい……!!)長いドレスの裾が足に絡まって水の中で足をうまく動かせない。水を飲みこまない様に口を閉じるには限界がある。(だ、誰か……っ!!)その時、誰かの腕が伸びて来て私の右腕を掴んできた。そして勢いよく水の中から引き上げられ、自分の身体が地面に横たえられるのを感じた。太陽の眩しい光が目に刺さる。呼吸をするにも、ヒュ~ヒュ~と喉笛がなり、空気が少しも吸い込めない。まるで水の中で溺れているかの様だ。「ユリア様! しっかりして下さい!」誰かの声が遠くで聞こえた瞬間。ドンッ!!胸に激しい衝撃が走った途端、激しく咳き込んでしまった。「ゴホッ! ゴホッ!」咳と同時に大量の水が口から流れ出てきて、途端に呼吸が楽になる。良かった……私、これで助かるかもしれない……。「ユリア様!? 大丈夫ですか!?」太陽を背に誰かが私に声をかけてくる。……誰……? それに……ユリア様って……一体……?そして私は意識を失った——**** 次に目を覚ました時はベッドの上だった。フカフカのマットレスに手触りの良い寝具。黄金色に輝く天井……。え? 黄金色……?「!!」慌ててガバッと起き上がった拍子にパサリと長いストロベリーブロンドの髪が顔にかかる。「え……? これが私の髪……?」何故だろう? 非常に違和感がある。本当にこの髪は私の髪なのだろか? でも髪だけでこんなに違和感を抱くなら……。「顔……そうよ、顔を確認しなくちゃ」ベッドから降りて丁度足元に揃えてあった室内履きに履き替える。……シルバーの色に金糸で刺繍された薔薇模様の室内履き。どう見ても自分の趣味とは程遠い。「鏡……鏡は無いの……?」部屋の中を見渡すと趣味の悪い装飾に頭が痛くなってくる。赤色の壁紙には薔薇模様が描かれている。床に敷き詰められた毛足の長いカーペットは趣味の悪い紫。部屋に置かれた衣装棚は黄金色に輝いている。大きな掃き出し窓の深紅のドレープカーテンも落ち着かない。「こんな部屋が……自分の部屋とは到底思えないわ……」溜息をついて、右側を向いたときに、大きな姿見が壁に掛けてあることに気が付いた。「あった! 鏡だわっ!」急いで駆け寄り、鏡を覗いて驚いた。紫色のやや釣
「行ってしまったわ……あの様子だとメイド長以外に他にも人を連れてきそうね」だとしたら急いで着替えなければ! こんな露出の激しいナイトウェア姿を大勢の人の前で晒したくない!「着替え……着替えはどこ!?」とりあえず手始めに一番大きな衣装棚の扉を勢いよく開けた。「な、何よ。これは……」それは衣装棚ではなく、いかにも高級そうな貴金属のアクセサリーが陳列されている棚だった。「それならこれはどう!?」続いて隣の衣装棚を開けると、そこにはズラリと靴が何十足も並べられている。「今度は靴……」おかしい。いくら何でもおかしすぎる。自分の姿に違和感があるだけでなく、こんなに何もかも……恐らく自分の部屋であるはずなのに、どこに何があるかも分からないなんて。「私……本当に一体どうしてしまったのかしら……」するとそこへ――コンコンコンコン!いささか乱暴気味に部屋の扉がノックされた。ま、まずい! 着替えが終わっていないのに、もう部屋に戻って来てしまったなんて! こうなったらもう開き直るしか無い。堂々とこの恥ずかしい姿で出迎えてやろうじゃないの。「はーい、どうぞ!」「失礼いたします……」扉がカチャリと開かれ、うっすら白髪交じりの髪をお団子にゆった中年メイドが部屋の中に入ってきた。成程。あの堂々とした佇まい。恐らく彼女がメイド長に違いない。彼女の背後には先程部屋を飛び出していったメイドの他に10人前後のメイド達が震えながら立っていた。「ユリアお嬢様……池で溺れた後、体調が優れないそうですが、大丈夫でしょうか?」「え!? 私が溺れたのって池だったのですか!?」その言葉に驚く。「池だったのですかって……ま、まさかユリアお嬢様、何処で溺れたのか覚えておいでではないのですか!?」「はい、そうです。……眼前に水面が近づいてきたところから先はあまり覚えていなくて……と言うか、さっきから私のことを『ユリアお嬢様』と呼んでいますけど、本当に私の名前はユリアなのですか? そこにいるメイドさんにも『ユリアお嬢様』と呼ばれたのですけど」いつの間にか私は恥ずかしいナイトウェア姿のままで普通に話をしていた「な、何ですって‥…!」恐らくメイド長? が身をのけぞらせて大げさに驚く。そしてさらに背後にいるメイド達がビクビクしながら話している。「信じられない……あのユリアお嬢様が
「何ですって!? 赤と紫をこよなく愛するユリアお嬢様から……ケ、ケバケバしい部屋と言う言葉が出てくるなんて……!」メイド長は興奮しすぎたのか、ぐらりと身体が大きく傾く。「キャアッ! メイド長!」 「しっかりして下さい!」 「逝くのはまだ早すぎます!」大げさに騒ぐメイド達。ところでいい加減着替えさせて貰えないだろうか。「あの、それよりも先に着替えをしたいのだけど! 服は何処にあるのかしら?!」私は半ばヤケクソになって大声で叫んだ。「本当に……何もかも覚えていらっしゃらないのですね……」メイド長が何処からかハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭う。「だから、さっきからそう言ってるでしょう?」これ以上話をこじらせないために、多少横柄な態度を取っておいたほうが良いかも知れない。「これは大変申し訳ございませんでした。ユリアお嬢様の服でしたらお隣のお部屋が衣装部屋となっております。部屋の扉はあちらでございますので、お召し物はお隣のお部屋でお選び下さい」メイド長が指し示した方向には確かにアーチ型の扉がある。「え? そうだったの?」「はい、左様でございます」まさか隣の部屋が衣装部屋になっているなんて。「後ほど、このお屋敷の主治医のドクターにユリアお嬢様の診察をお願いしておきますね」「ええ。そうね。頼むわ」ドクターに診察してもらえれば、記憶喪失が治るだろうか? しかし、衣装部屋に専属ドクターとは・一体この屋敷はどれだけお金持ちなのだろう?「それにしても……」メイド長の言葉はまだ続く。「どうかした?」「いえ。記憶が無くなったと言う割にはどこも異常があるように見えませんが……いえ、むしろ今のほうがずっとまともにみえます」「え? そ、そう?」すると私の言葉に一斉に頷くメイド達。今までの私って一体、どんな人間だったのだろう……。いや、まずはそんなことより先に着替えだ。「それじゃ、着替えてくるわ……」「お、お手伝い致します……」先程と同じメイドが進み出てくる。ひょっとすると彼女が私専属のメイドだろうか?「ええ、そうね。手伝って貰えると助かるわ」何しろ何処に何があるのか今の私にはさっぱり分からないのだから。「それじゃ、早速着替えをするから一緒に衣装部屋に来てくれる?」「はい、ユリアお嬢様」恐らく私専属のメイド? を伴い、衣装部屋へ
「そう言えば貴女の名前は何と言うの?」メイドと一緒に隣の部屋の衣裳部屋へ向かいながら彼女に尋ねた。「はい、私の名前はベスと申します。ひょっとしてお忘れですか?」「だから目を覚ました時から言ってるでしょう? 自分のことを何一つ覚えていないって」このメイド……頭は大丈夫なのだろうか? 先ほどの私とメイド長の会話で記憶が全く無くなってしまったことは知っているハズなのに……。そう言えば、さっき私のことをおかしくなってしまったと言っていたし。どうやらこのメイドには注意をしておいた方が良さそうだ。「どうかしましたか? ユリアお嬢様?」すると何かを敏感に察知したのだろうか。ベスが尋ねてきた。「いいえ、何でもないわ。さてっと衣裳部屋に着いたことだし……早速服を選びましょう……か……?」そこで私は絶句した。衣裳部屋と呼ばれる部屋にはハンガーに掛けられたドレスが色ごとにずらりと並べられていたのだ。淡い色のドレスから順番に並べられ……最後のドレスはブラックでまとめられている。「な、何……このドレスの数は……」毎日違うドレスに着替えたとしても、1年かけても着ることが出来ないだろう。しかもどのデザインドレスも胸元が大きく開いている。「ねぇ……まさかとは思うけど……ここにあるドレスは……?」震えながらベスに尋ねる。「ええ。全てユリアお嬢様のドレスでございます。以前、町の仕立て屋を10人程呼んで、店ごと、まるまる10軒買い取ったではありませんか」「……え? 私……そんなことしたの?」「ええ、されました」コクリと頷くベス。「そ、そんな……何て……何て無駄な贅沢を~っ!」頭を抱えて叫んでしまった。「一体記憶を失う前の私ってどんな人間だったの? こんな贅沢なことを平気でするなんて……! しかもドレスの趣味も最低だし~っ!!」「お気に召しませんか?」「ええ、勿論。お気に召す筈が無いわよ。大体、私は裾を引きずって歩くようなドレスは好きじゃないのよ。もっと活動的な……せめて足首位は見える長さのドレスじゃないと動きにくくて仕方がないじゃない」「そうですか。それでは公爵様にお願いしてまた別の仕立て屋からお望みのデザインドレスをお買い上げなされば宜しいではありませんか」「え……? こ、公爵……?」ベスの言葉に反応した。「はい、そうです」「公爵って……あ、あの
背が高く、青い髪に恐ろしいほど整った顔立ちの青年は、マント姿で意味深に私を見て笑っている。そして肝心のベスの姿が見えない。「だ、誰よ……貴方」言いかけた時、先程のベスの言葉が蘇った。『何度も実の娘が命の危険にさらされたのに』ま、まさかこの男はこ、殺し屋……!?「何ですか? その目は。まさか私のことを人殺しとでも思っているわけじゃないですよね?」男は私の考えを見透かしたかのように言うが、意外と紳士的な言葉遣いをする青年に少しだけ緊張感が緩む。「そ、そうでしょう!? 私を殺しに来たついでにベスを先に殺ったんでしょう!? こ、この……人殺しの殺人鬼!」「ユリアお嬢様……まさか本気で言ってるのですか? でもその様子だとやはり記憶喪失になったという話は事実のようですね。初めは気が狂った演技をしているかと思いましたが、とても演技しているように見えませんから」「だから初めからそう言ってるでしょう? 私は嘘なんかついていなってば! 記憶喪失になったのよ!信じなさいよ!」恐怖を押し殺す為、わざと声を張り上げる。すると青年は眉をひそめた。「記憶喪失と言うよりは、もはや別人格になったみたいですね。私の知るお嬢様は我儘で悪女でしたが、気品がありました。今のお嬢様は単にガサツで単に乱暴な女にしかみえません」この男……物腰や話し方は穏やかだが、非常に失礼なことを言ってくる。「いいですか? 何もかも忘れているようなので私が教えて差し上げますが、貴女は自分が命を狙われているからと言って、フィブリゾ・アルフォンス公爵……貴女のお父様に泣きつき、私が一月ほど前から護衛として雇われているのですよ?」「え……? そ、そうだったの? 知らなかった……と言うか、まるきり覚えていないけど。それじゃ待って! 池で溺れた私を助けてくれたのは貴方だったの!?」「ああ……それは覚えておいでだったのですね? 驚きましたよ。勝手に1人で池に落ちたのですから。初めは死ぬ気だったのかと思いましたが、考えてみればユリアお嬢様は命を狙われていたのですよね。ひょっとすると何者かに暗示を掛けられたのかもしれませんね。貴方の命を助けるのは今回が初めてですが過去にも命を狙われていたのですよね……と言っても今の貴女は何も覚えていないでしょうから聞くだけ無駄でしたね。申し訳ございませんでした」丁寧なのに、ど
それなりにまともなドレスに着替え、私と彼は人払いを済ませた落ち着かない自室へと戻っていた。彼は今私の向かい側のソファに座っている。「……それにしても酷い部屋ですね。赤と紫で統一された部屋ほど人の神経をいら立たせるものは無いと思いますよ」「ええ。私もそう思うわ……。とてもじゃないけど、こんな部屋受け入れられないわ。だけど本当に記憶を失う前の私はこの部屋を気に入っていたのかしら?」「……」すると、またしても彼は何か言いたげな目で私を見つめている。「何? どうかしたの?」「いえ、驚いているのです。本当に池に落ちる前と落ちた後の貴女は同一人物なのかと疑ってしまいます。少なくとも以前までのユリア様はこの部屋を満足して使っていたと思いますよ?」「やっぱり貴方もそう思うのね。私も違和感を抱いてしょうがないのよ。さっき、衣装部屋で私に言ったわよね? この世に魔法が存在するのは常識だって。そのことがまず信じられないのよ」「魔法がある世界が……ですか?」「ええ、そうよ。大体、魔法が存在するなんて……まるで物語の中の話だわ」でも……もし魔法がある世界なら私も魔法が使えるに違いない。どんな魔法が使えるか分からないけど……。思わず笑みを浮かべた時。「言っておきますが……ユリアお嬢様」「何?」「水を差すようですが、ユリアお嬢様は魔法はこれっぽっちも使うことが出来ませんよ?」「え!? 嘘! これっぽっちも……?」「ええ、これっぽっちもです」「そ、そんな……箒にまたがって空を飛んだり、魔法の杖を振って食べ物を出したりすることも出来ないのね……」思わずため息をつく。「何ですか……? 箒にまたがって空を飛ぶとか、魔法の杖だとか。聞いたこともありませんね」彼は冷めきった目で私を見ている。「え? こんな有名な話、貴方は知らないの?」「有名どころか、聞いたことすらない話ばかりです」「だって、誰でも知ってる話じゃ……」そこまで言いかけて私は口を閉ざした。え? ちょっと待って……。私はどこでこんなファンタジーな話を知ったのだろう? 自分のことに関しての記憶が全く無いはずなのに……。思わず考え込んで頭を抑えると彼が話しを始めた。「それでどうするのですか? 先程ユリアお嬢様は公爵様にご挨拶に行かなければと仰っていましたよね。公爵様は今仕事中で執務室におられ
18時半―― 美しいシャンデリアに照らされた 広々としたダイニングルーム。テーブルの上には豪華な食事がズラリと並べられていた。私の向かい側に座っているのはこの屋敷の当主であり、父でもあるフィブリゾ・アルフォンス公爵が食事をしている。父の瞳の色は私と同じ紫色だった。それにしても……流石は公爵。見事なテーブルマナーである。「…」私は食事をしながら公爵をじっと見つめていた。……本当にこの人は私の父なのだろうか? 自分の父を見れば記憶が蘇るだろうと思ったが、あいにくそんなことは全く無かった。それどころか、父親とも思えない。こうして面と向かい合わせに座っていても違和感しか感じない。すると、私の視線に気付いたのか、父は顔を合わせることもなく尋ねてきた。「池に落ちて溺れかけて、さらには記憶を失ったそうだな」「!」あまりにもそっけない物言いに、思わず食事をする手が止まる。何て無関心な物言いをする人なのだろう? 父は私の行動を気にすることもな聞く話を続ける。「それでどうなのだ? 少しは記憶が戻ったのか?」「い、いえ……」すると父はため息をついた。「全く……命を狙われているから護衛騎士を雇ってくれと言われて雇ってみれば、自分から池に飛び込んで今度は記憶喪失になったとは……」そして私をジロリと見る。「そんなに私の関心を引きたいのか?」「え?」一体何を……?「お前には十分な金を与え、何でも好きにさせてきた。王子の婚約者になりたいと訴えるから、王家に恩を売ってお前を王子の婚約者にもさせてやった。だが、私に出来るのはそこまでだ。王子に嫌われているのはお前自身に問題があるからだろう? いくら人々の気を引きたいからと言って、命を狙われているだとか、記憶喪失になった等と虚言を吐いて周囲を困らせるのはやめるんだ。そんなことをしても誰もお前に関心を持たないぞ。逆に疎まれたりするだけだ。これ以上妙な行動を取って、この家の名を汚すのはやめるんだ。私やお前の兄たちに迷惑をかけるのはやめろ。亡くなったお前の母はそれは気立ての良い女性だった。何故お前はその様に振る舞えないのだ?」「……」父であるはずの公爵の話を私は半分呆れた様子で聞いていた。ユリアとして生きていた記憶は全く無いが、一つ分かったことがある。記憶を失う前の私は父親と、まだ会ったこともない兄達から嫌われている
「ちょっと! どうして私とジョンの部屋が繋がっているのよ!? それにメイドの姿に扮しなくていいの!?」部屋の壁に取り付けてある扉から私の部屋に侵入してきたジョンに抗議した。ま、まさか私に夜這いを!?するとジョンが白けた目で私を見た。「ユリアお嬢様……ひょっとして私が貴女の部屋に夜這いに来たとでも思っていませんか?」「え、ええ。そうよ……。な、何よ。もしおかしな真似をしようものなら……」「はぁ~…」すると大袈裟な位、ジョンがため息をつく。「勘弁して下さい。私にだって選ぶ権利はあるのですから」「何よ……その選ぶ権利というのは」「つまり、何があってもユリアお嬢様だけは夜這い対象にはなり得ないと言うことです。第一頼まれたとしてもお断りですよ」ジョンは小声で言ったのだろうが、生憎私の耳にはばっちり彼の言葉がきこえていた。……少しだけ女としての自分を馬鹿にされたような気になってくる。「それなら、一体どういうつもりで私の隣の部屋に貴方がいるの? それに何故ノックも無しに勝手も私の部屋に入って来るのよ?」「簡単なことです。今日でユリアお嬢様が命を狙われている事がはっきりしたので、何かあった時にすぐに駆けつけられるように公爵様にお願いして、ユリアお嬢様の隣のお部屋で暮らすことにしたからです。ノックをしないのは単にそのような習慣が私に無かったからです。しかし、確かに仮にユリアお嬢様の着替えの場に入ってしまった場合は余計な物を見させられてしまう可能性があるので今後はノックをすることに致します」ジョンの言葉に苛立ちを感じる私。「ええ、そうね。お互い嫌な思いをしなくてすむように、今後はノックをしてちょうだいね?」「ええ。全くその通りです。それでユリアお嬢様のお部屋に伺ったのは明日のことについて大切なお話があったからです」「大切な話……?」「はい、そうです。明日から私とユリアお嬢様は一緒に登校することになりますが、私達は遠縁の親戚という設定でいきますので、屋敷内と学校内では口調を変えることをご了承願います」「何? 大切な話ってそんなことだったの? 別に全然こちらは構わないわよ。ところで、学校へ行くと言う話だけどジョンも私と同じ18歳だったの?」「いえ、26歳ですけど?」「え? 26歳……?」「はい、そうです」「え……ええ~っ!? あ、貴方……26歳
翌日は学校を休んでしまった。理由は前日池に落ちてしまったこと、、護衛騎士のジョンの入学手続きを済ませなければならなかったからだ。「ユリアお嬢様。先程私の入学手続きが済んだそうですよ」昼食後、自分の記憶を失った手掛かりを探す為に自室の本棚を漁っていた私の元へ、1枚の書類を手にしたジョンがフラリと現れた。「……相変わらずノックもしないで貴方は部屋に現れるのね。私が着替えでもしていたらどうするのよ」ため息を付きながら、手にしていた本を棚にしまった。「だったら、ユリアお嬢様も少しは警戒心を持ったらいかがですか? 一応貴女は命を狙われているのですよね?ま ぁ、昨日の池ボチャが演技でない限り……」「ちょっと酷いじゃない。あんなドレス姿で池にわざと落ちるはずないでしょう? 貴方がいなければとっくに溺れていたわよ。……そう言えばあの時、どうして貴方があの場に現れたの?」するとジョンはため息をついた。「やれやれ……そこから説明が必要だったとは……。いいですか? 私は今迄メイドに扮してユリアお嬢様のお世話係として護衛していました。昨日は天気がいいので外のテラスで紅茶が飲みたいとおっしゃる我儘なユリアお嬢様の願いを聞き入れ、お茶の準備をして戻ってみれば、お様がフラフラと庭の池に向かって歩いていく後ろ姿を見かけたのです。一体何をしに行くのかと見守っていると、いきなり池に飛び込まれたのですよ。そこで私が慌てて駆けつけた次第なのです」「そうだったの。ところで、私がお茶を飲む前、何か異変は無かった?」「いいえ、特には」「そうなの? だって一ヶ月も私の側で護衛をしていたなら、どこかいつもと違う様子が分かったりするものじゃないの?」だって仮にも私の護衛騎士であるのに。「あいにく、人の心の機微には疎いもので。まぁ……単にユリアお嬢様は私にとって、護衛の対象であるだけで、人間的に一切興味を持つべき対象ではありませんからね」「そ、そう……」どうもこのジョンと言う護衛騎士、顔は恐ろしいほどいいのに性格がかなり歪んでいるように思える。「ねぇ、ジョン」「何でしょう?」「貴方……友達いないでしょう?」「そうですね。でも必要ありませんから」「そう、友達がいないなんて可愛そうね」するとジョンが奇妙な顔つきになる。「何よ?」「いえ……よく、その様な台詞を言えるなと思
—―カチャ……「!!」自室の扉を開け、思わず悲鳴をあげそうになった。何故なら私の部屋でソファの上で寝転がって本を開いているジョンの姿があったからである。「お帰りなさい、ユリアお嬢様」彼はムクリと起き上がった。「な、何故ここにいるの? 驚くじゃないのよ」抗議の意を込めて頬を膨らませると、ジョンはクックと肩を震わせて笑った。「本当に見れば見る程、別人としか思えませんね。以前の貴女ならそんな可愛らしい行動は取りませんでしたよ? それで実の父親と対面してどうでしたか? 何か思い出せましたか?」「いいえ、何も思い出せなかったわ。それどころか、本当に私の父親なのかと疑いたくなってしまったわ。何しろすごく冷たい人だったのよ? 私が記憶喪失のふりをして関心を引こうとしていると考えていたのよ。それに虚言を吐いて、自分達を困らせるなと釘を刺されてしまったし。私って父親にも嫌われていたのね……」思わずため息をついて、チラリとジョンを見ると彼はまた本に目を落としている。「ねぇ……さっきから何してるの?」「ええ。これはユリアお嬢様のライティングデスクの上に置かれていた日記帳のようでしたよ」「ふ~ん……日記帳……ええっ!? に、日記帳!? やめてよ! 何故勝手に人の日記帳を盗み見るのよ!」すると彼はサラリと言った。「別にいいじゃないですか。ユリアお嬢様は記憶喪失なのですから。日記帳を私に読まれても何とも思わないでしょう?」「それはそうだけど……って違うでしょう! とにかく日記を返してよ!」「別にいいですけどね……たった1行しか書かれていない日記帳なのですから」ジョンの言葉に耳を疑う。「え……? 嘘でしょう?」「嘘なんてついてどうするのです? 本当に1行しか書かれていませんよ。どうぞご自分の目で確かめて下さい」ジョンが私に日記帳を手渡してきた。「そんな、一行だけなんて……」パラリと最初のページをめくってみると、そこには1行だけ書かれていた。『9月9日 残り、後1日』「……」何、この内容……。続きは無いのだろうか? 他のページも試しにパラパラとめくってみる。しかし、やはりどこにも何も書かれていなかった。「ねぇ……今日は何月何日なのかしら……」「そんなことも分らないのですか? 今日は9月10日ですよ?」何処か小馬鹿にしたような言い方をするジョ
18時半―― 美しいシャンデリアに照らされた 広々としたダイニングルーム。テーブルの上には豪華な食事がズラリと並べられていた。私の向かい側に座っているのはこの屋敷の当主であり、父でもあるフィブリゾ・アルフォンス公爵が食事をしている。父の瞳の色は私と同じ紫色だった。それにしても……流石は公爵。見事なテーブルマナーである。「…」私は食事をしながら公爵をじっと見つめていた。……本当にこの人は私の父なのだろうか? 自分の父を見れば記憶が蘇るだろうと思ったが、あいにくそんなことは全く無かった。それどころか、父親とも思えない。こうして面と向かい合わせに座っていても違和感しか感じない。すると、私の視線に気付いたのか、父は顔を合わせることもなく尋ねてきた。「池に落ちて溺れかけて、さらには記憶を失ったそうだな」「!」あまりにもそっけない物言いに、思わず食事をする手が止まる。何て無関心な物言いをする人なのだろう? 父は私の行動を気にすることもな聞く話を続ける。「それでどうなのだ? 少しは記憶が戻ったのか?」「い、いえ……」すると父はため息をついた。「全く……命を狙われているから護衛騎士を雇ってくれと言われて雇ってみれば、自分から池に飛び込んで今度は記憶喪失になったとは……」そして私をジロリと見る。「そんなに私の関心を引きたいのか?」「え?」一体何を……?「お前には十分な金を与え、何でも好きにさせてきた。王子の婚約者になりたいと訴えるから、王家に恩を売ってお前を王子の婚約者にもさせてやった。だが、私に出来るのはそこまでだ。王子に嫌われているのはお前自身に問題があるからだろう? いくら人々の気を引きたいからと言って、命を狙われているだとか、記憶喪失になった等と虚言を吐いて周囲を困らせるのはやめるんだ。そんなことをしても誰もお前に関心を持たないぞ。逆に疎まれたりするだけだ。これ以上妙な行動を取って、この家の名を汚すのはやめるんだ。私やお前の兄たちに迷惑をかけるのはやめろ。亡くなったお前の母はそれは気立ての良い女性だった。何故お前はその様に振る舞えないのだ?」「……」父であるはずの公爵の話を私は半分呆れた様子で聞いていた。ユリアとして生きていた記憶は全く無いが、一つ分かったことがある。記憶を失う前の私は父親と、まだ会ったこともない兄達から嫌われている
それなりにまともなドレスに着替え、私と彼は人払いを済ませた落ち着かない自室へと戻っていた。彼は今私の向かい側のソファに座っている。「……それにしても酷い部屋ですね。赤と紫で統一された部屋ほど人の神経をいら立たせるものは無いと思いますよ」「ええ。私もそう思うわ……。とてもじゃないけど、こんな部屋受け入れられないわ。だけど本当に記憶を失う前の私はこの部屋を気に入っていたのかしら?」「……」すると、またしても彼は何か言いたげな目で私を見つめている。「何? どうかしたの?」「いえ、驚いているのです。本当に池に落ちる前と落ちた後の貴女は同一人物なのかと疑ってしまいます。少なくとも以前までのユリア様はこの部屋を満足して使っていたと思いますよ?」「やっぱり貴方もそう思うのね。私も違和感を抱いてしょうがないのよ。さっき、衣装部屋で私に言ったわよね? この世に魔法が存在するのは常識だって。そのことがまず信じられないのよ」「魔法がある世界が……ですか?」「ええ、そうよ。大体、魔法が存在するなんて……まるで物語の中の話だわ」でも……もし魔法がある世界なら私も魔法が使えるに違いない。どんな魔法が使えるか分からないけど……。思わず笑みを浮かべた時。「言っておきますが……ユリアお嬢様」「何?」「水を差すようですが、ユリアお嬢様は魔法はこれっぽっちも使うことが出来ませんよ?」「え!? 嘘! これっぽっちも……?」「ええ、これっぽっちもです」「そ、そんな……箒にまたがって空を飛んだり、魔法の杖を振って食べ物を出したりすることも出来ないのね……」思わずため息をつく。「何ですか……? 箒にまたがって空を飛ぶとか、魔法の杖だとか。聞いたこともありませんね」彼は冷めきった目で私を見ている。「え? こんな有名な話、貴方は知らないの?」「有名どころか、聞いたことすらない話ばかりです」「だって、誰でも知ってる話じゃ……」そこまで言いかけて私は口を閉ざした。え? ちょっと待って……。私はどこでこんなファンタジーな話を知ったのだろう? 自分のことに関しての記憶が全く無いはずなのに……。思わず考え込んで頭を抑えると彼が話しを始めた。「それでどうするのですか? 先程ユリアお嬢様は公爵様にご挨拶に行かなければと仰っていましたよね。公爵様は今仕事中で執務室におられ
背が高く、青い髪に恐ろしいほど整った顔立ちの青年は、マント姿で意味深に私を見て笑っている。そして肝心のベスの姿が見えない。「だ、誰よ……貴方」言いかけた時、先程のベスの言葉が蘇った。『何度も実の娘が命の危険にさらされたのに』ま、まさかこの男はこ、殺し屋……!?「何ですか? その目は。まさか私のことを人殺しとでも思っているわけじゃないですよね?」男は私の考えを見透かしたかのように言うが、意外と紳士的な言葉遣いをする青年に少しだけ緊張感が緩む。「そ、そうでしょう!? 私を殺しに来たついでにベスを先に殺ったんでしょう!? こ、この……人殺しの殺人鬼!」「ユリアお嬢様……まさか本気で言ってるのですか? でもその様子だとやはり記憶喪失になったという話は事実のようですね。初めは気が狂った演技をしているかと思いましたが、とても演技しているように見えませんから」「だから初めからそう言ってるでしょう? 私は嘘なんかついていなってば! 記憶喪失になったのよ!信じなさいよ!」恐怖を押し殺す為、わざと声を張り上げる。すると青年は眉をひそめた。「記憶喪失と言うよりは、もはや別人格になったみたいですね。私の知るお嬢様は我儘で悪女でしたが、気品がありました。今のお嬢様は単にガサツで単に乱暴な女にしかみえません」この男……物腰や話し方は穏やかだが、非常に失礼なことを言ってくる。「いいですか? 何もかも忘れているようなので私が教えて差し上げますが、貴女は自分が命を狙われているからと言って、フィブリゾ・アルフォンス公爵……貴女のお父様に泣きつき、私が一月ほど前から護衛として雇われているのですよ?」「え……? そ、そうだったの? 知らなかった……と言うか、まるきり覚えていないけど。それじゃ待って! 池で溺れた私を助けてくれたのは貴方だったの!?」「ああ……それは覚えておいでだったのですね? 驚きましたよ。勝手に1人で池に落ちたのですから。初めは死ぬ気だったのかと思いましたが、考えてみればユリアお嬢様は命を狙われていたのですよね。ひょっとすると何者かに暗示を掛けられたのかもしれませんね。貴方の命を助けるのは今回が初めてですが過去にも命を狙われていたのですよね……と言っても今の貴女は何も覚えていないでしょうから聞くだけ無駄でしたね。申し訳ございませんでした」丁寧なのに、ど
「そう言えば貴女の名前は何と言うの?」メイドと一緒に隣の部屋の衣裳部屋へ向かいながら彼女に尋ねた。「はい、私の名前はベスと申します。ひょっとしてお忘れですか?」「だから目を覚ました時から言ってるでしょう? 自分のことを何一つ覚えていないって」このメイド……頭は大丈夫なのだろうか? 先ほどの私とメイド長の会話で記憶が全く無くなってしまったことは知っているハズなのに……。そう言えば、さっき私のことをおかしくなってしまったと言っていたし。どうやらこのメイドには注意をしておいた方が良さそうだ。「どうかしましたか? ユリアお嬢様?」すると何かを敏感に察知したのだろうか。ベスが尋ねてきた。「いいえ、何でもないわ。さてっと衣裳部屋に着いたことだし……早速服を選びましょう……か……?」そこで私は絶句した。衣裳部屋と呼ばれる部屋にはハンガーに掛けられたドレスが色ごとにずらりと並べられていたのだ。淡い色のドレスから順番に並べられ……最後のドレスはブラックでまとめられている。「な、何……このドレスの数は……」毎日違うドレスに着替えたとしても、1年かけても着ることが出来ないだろう。しかもどのデザインドレスも胸元が大きく開いている。「ねぇ……まさかとは思うけど……ここにあるドレスは……?」震えながらベスに尋ねる。「ええ。全てユリアお嬢様のドレスでございます。以前、町の仕立て屋を10人程呼んで、店ごと、まるまる10軒買い取ったではありませんか」「……え? 私……そんなことしたの?」「ええ、されました」コクリと頷くベス。「そ、そんな……何て……何て無駄な贅沢を~っ!」頭を抱えて叫んでしまった。「一体記憶を失う前の私ってどんな人間だったの? こんな贅沢なことを平気でするなんて……! しかもドレスの趣味も最低だし~っ!!」「お気に召しませんか?」「ええ、勿論。お気に召す筈が無いわよ。大体、私は裾を引きずって歩くようなドレスは好きじゃないのよ。もっと活動的な……せめて足首位は見える長さのドレスじゃないと動きにくくて仕方がないじゃない」「そうですか。それでは公爵様にお願いしてまた別の仕立て屋からお望みのデザインドレスをお買い上げなされば宜しいではありませんか」「え……? こ、公爵……?」ベスの言葉に反応した。「はい、そうです」「公爵って……あ、あの
「何ですって!? 赤と紫をこよなく愛するユリアお嬢様から……ケ、ケバケバしい部屋と言う言葉が出てくるなんて……!」メイド長は興奮しすぎたのか、ぐらりと身体が大きく傾く。「キャアッ! メイド長!」 「しっかりして下さい!」 「逝くのはまだ早すぎます!」大げさに騒ぐメイド達。ところでいい加減着替えさせて貰えないだろうか。「あの、それよりも先に着替えをしたいのだけど! 服は何処にあるのかしら?!」私は半ばヤケクソになって大声で叫んだ。「本当に……何もかも覚えていらっしゃらないのですね……」メイド長が何処からかハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭う。「だから、さっきからそう言ってるでしょう?」これ以上話をこじらせないために、多少横柄な態度を取っておいたほうが良いかも知れない。「これは大変申し訳ございませんでした。ユリアお嬢様の服でしたらお隣のお部屋が衣装部屋となっております。部屋の扉はあちらでございますので、お召し物はお隣のお部屋でお選び下さい」メイド長が指し示した方向には確かにアーチ型の扉がある。「え? そうだったの?」「はい、左様でございます」まさか隣の部屋が衣装部屋になっているなんて。「後ほど、このお屋敷の主治医のドクターにユリアお嬢様の診察をお願いしておきますね」「ええ。そうね。頼むわ」ドクターに診察してもらえれば、記憶喪失が治るだろうか? しかし、衣装部屋に専属ドクターとは・一体この屋敷はどれだけお金持ちなのだろう?「それにしても……」メイド長の言葉はまだ続く。「どうかした?」「いえ。記憶が無くなったと言う割にはどこも異常があるように見えませんが……いえ、むしろ今のほうがずっとまともにみえます」「え? そ、そう?」すると私の言葉に一斉に頷くメイド達。今までの私って一体、どんな人間だったのだろう……。いや、まずはそんなことより先に着替えだ。「それじゃ、着替えてくるわ……」「お、お手伝い致します……」先程と同じメイドが進み出てくる。ひょっとすると彼女が私専属のメイドだろうか?「ええ、そうね。手伝って貰えると助かるわ」何しろ何処に何があるのか今の私にはさっぱり分からないのだから。「それじゃ、早速着替えをするから一緒に衣装部屋に来てくれる?」「はい、ユリアお嬢様」恐らく私専属のメイド? を伴い、衣装部屋へ
「行ってしまったわ……あの様子だとメイド長以外に他にも人を連れてきそうね」だとしたら急いで着替えなければ! こんな露出の激しいナイトウェア姿を大勢の人の前で晒したくない!「着替え……着替えはどこ!?」とりあえず手始めに一番大きな衣装棚の扉を勢いよく開けた。「な、何よ。これは……」それは衣装棚ではなく、いかにも高級そうな貴金属のアクセサリーが陳列されている棚だった。「それならこれはどう!?」続いて隣の衣装棚を開けると、そこにはズラリと靴が何十足も並べられている。「今度は靴……」おかしい。いくら何でもおかしすぎる。自分の姿に違和感があるだけでなく、こんなに何もかも……恐らく自分の部屋であるはずなのに、どこに何があるかも分からないなんて。「私……本当に一体どうしてしまったのかしら……」するとそこへ――コンコンコンコン!いささか乱暴気味に部屋の扉がノックされた。ま、まずい! 着替えが終わっていないのに、もう部屋に戻って来てしまったなんて! こうなったらもう開き直るしか無い。堂々とこの恥ずかしい姿で出迎えてやろうじゃないの。「はーい、どうぞ!」「失礼いたします……」扉がカチャリと開かれ、うっすら白髪交じりの髪をお団子にゆった中年メイドが部屋の中に入ってきた。成程。あの堂々とした佇まい。恐らく彼女がメイド長に違いない。彼女の背後には先程部屋を飛び出していったメイドの他に10人前後のメイド達が震えながら立っていた。「ユリアお嬢様……池で溺れた後、体調が優れないそうですが、大丈夫でしょうか?」「え!? 私が溺れたのって池だったのですか!?」その言葉に驚く。「池だったのですかって……ま、まさかユリアお嬢様、何処で溺れたのか覚えておいでではないのですか!?」「はい、そうです。……眼前に水面が近づいてきたところから先はあまり覚えていなくて……と言うか、さっきから私のことを『ユリアお嬢様』と呼んでいますけど、本当に私の名前はユリアなのですか? そこにいるメイドさんにも『ユリアお嬢様』と呼ばれたのですけど」いつの間にか私は恥ずかしいナイトウェア姿のままで普通に話をしていた「な、何ですって‥…!」恐らくメイド長? が身をのけぞらせて大げさに驚く。そしてさらに背後にいるメイド達がビクビクしながら話している。「信じられない……あのユリアお嬢様が